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18+5 (writing)

2015、冬。仕事を辞めてそろそろ1ヶ月が経とうとしている。実家に帰省しただいちょまんは、1時間に一本しか走らない地元の運行するバスに揺られていた。5年前まで毎日のように観ていた風景。海沿いの国道を走る目的地までの30分間、ひとりのときはmp3プレイヤーで音楽を聴きながら窓の外を眺めるのが日課だった。 同級生と一緒だったときは窓の景色なんか目もくれず喋り通したし、あるときはラジオ好きの友人が『だいちょまん、これ』と渡された片方のイヤホンをそれぞれ耳にして下ネタ満載のラジオ番組を聴きながらクスクス笑いあったりもしていた。あの頃は制服姿の生徒たちでギュウギュウだった車内も、今日は運転士とだいちょまんのふたりだけ

港で降り、ここからは通いなれた通学路を歩いて目指す。本当に気持ちのよい天気だ。この洋菓子屋さんのケーキは甘ったるくて苦手だったっけ、ここの畳屋さんの同級生はナイスガイだったよなぁ…といちいち感傷にふけっているとあっという間に到着。18まで通っていた地元の高校

平日の朝11時だし、もちろん生徒は校舎にいるだろう。心臓が早く鳴り出すのを感じる。高校生活に嫌な思い出はないけれど、5年の月日がこうさせるのか。落ち着かせるため、校舎を一周してみることにした。フットサル大会でヒーローになり損ねたグラウンド、部活終わりの生徒で賑わっていた駄菓子屋さん、部室近くのトイレ掃除当番はサボれるラッキースポットでホウキとガムテープを丸めて作ったボールを持って毎日のように野球をしていた

いい加減なかに入ろう。ここの高校OBだとしても部外者は部外者だ。なにも証明できるものはないし、不審者と思われるかもしれない。もしかして入校するのも厳しくなっているかも…と不安を感じながら受付の事務のおねーさんに訪ねると、用件を聞かれたので『図書館にいる山本先生に会いに来ました』と伝え、用紙に名前と住所を記入するよう促され、許可証を首にかけるだけで簡単に入ることができた

図書館に行くまで、誰とも会わなかった。生徒たちは授業中なのだろうか。それにしても静かだ。意を決して扉を開けると、あの独特な図書館の匂い。加えて、ここにしかないまったりした空気の流れ。この空間が大好きで、生徒会室と同様にここの図書館に入り浸っていた

図書館のカウンターにはひとりの女性。山本先生だ。「こんにちは」と挨拶すると『あら…もしかして、だいちょまん君?だいちょまん君じゃない!』驚くことに名前を覚えてくださっていた。本当にびっくりした。もう自分の名前なんて先生は忘れているだろうと決めつけていたから。ちなみにだいちょまんは山本先生の名字をすっかり忘れていたので、卒アルをひっぱりだして確認したのはここだけのはなし。山本先生はだいちょまんの驚きよりも、『あれから5年も経つのか…』と卒業してから5年の月日が流れていることに驚かれていた。『わたしのなかではあの頃とまったく変わっていないの。だいちょまん君や一緒に遊びに来ていたあの子達のこともずっと変わらずわたしのなかに存在しているの。あれからもう5年も経ったのね…そっか…』と山本先生はそっとため息をついた

失業中の身だということは先生には伏せておいた。正直に話した方がよかったのだろうか。ふっきれていない自分に虚しさを感じる。今はこーゆー職種でこーゆー仕事をしているんです、こーゆーのが辛いですね、などと当時の思い出を現在進行形のように話し、先生は親身に聞いてくれた。すると先生は『だいちょまん君、ちょっとこっち来て』と。本棚のとあるコーナーまで案内する。そして一冊の本を手渡す。『小松政夫ってひと知ってる?そのひとが書いた本なんだけど。芸人さんをやる前は車販売のディーラーをやっていて、その頃のことを書いているの。もしかしたら、なにか得られるものがあるかもしれない』もちろん借りることはできないので、手帳にメモさせていただいた。その本のことはいずれ記事に書こうと思う



だいちょ「僕が高校2年生のときに先生にオススメしてもらったこの本、あれから自分で購入して今もたまに読んでますよ」

先生『そうそう。題名で損してるのよね、このミステリー小説は』





だいちょ「若林さんのこのエッセイ、面白いですよね!なんというか…めんどくさい性格が遺憾なく発揮されてて」

先生『うーん…めんどくさいの一言で片付けるのは違う気がするな。もっとこう…みんなが持っているけど表に出せない部分をいい視点で書かれているというか』






先生『ほら。だいちょまん君はいつもこの本を借りて読んでいたよね』

だいちょ「え、先生よく覚えてますね。なんだろう…よのなかのことを知りたくていつも読んでました。なんにも知らない自分が嫌で、とにかく知りたかったから」





だいちょ「先生がいま一番オススメしたい本を教えてください」

先生『これなんか面白いと思うよ。ペリー西村さんって方が書いたマレーシア航空について書かれた本なんだけど…』







先生『これが今月購入予定の書籍一覧表なんだけど…』

だいちょ「わー初めて見ました。あ、“図書館の主”っていう児童文学専門の図書館を題材にした漫画がオススメですよ」

先生『ちょっと詳しく教えて、それ』




先生『だいちょまん君の頃と比べると、利用してくれる子がとても少なくなってるの。あれから学校をあげて成績をあげるために時間があれば補習やテストを課すようになっちゃってね。生徒からすらば、本を読む余裕がなくなったって。5年前は賑やかだったものね 笑 やっぱり、ちょっと寂しいわ』






先生『私ね、山田詠美さんの小説がニガテだったの。でもね、久しぶりに震災以降の本を手に取って読んだら詠美さんの考え方がかなり変わってたの。(あぁ、やっぱり時は人の気持ちも変えるのだなぁ)って』







先生との本に関する話題が止まらない。先生に比べたら当然自分の読書量なんてちっぽけだけど、こうやって話せる機会がまた訪れるなんてとても嬉しかった

いつの間にかお昼休みになっていた。生徒たちがぞろぞろとやって来る。先生はカウンター業務に戻り、だいちょまんはカウンター近くに設置された椅子に座る。ひとりの男子生徒が本の貸し出しにやってくる。姜尚中の“悩む力”だった。だいちょ「この本、面白いよね。夏目漱石のこころを読み解いていくんだよね((^^)」生徒はあんた誰?といった表情で苦笑い。そりゃそうだ。ジャケット羽織った茶髪の若い男がカウンターに座って馴れ馴れしく話してきたらそうなるよね。女子高生も数人いたけど、だいちょまんは話しかけるどころか顔も見なかった。惜しいことしたなぁ…。女子との会話能力はあの頃と変わらないままかもしれない。先生も仕事の続きがあるみたいなので、お礼を言って図書館を出ることにした。寂しそうな顔で見送ってくださったのが有り難かった



図書館を出ただいちょまんは、すぐ近くにある生徒会室に寄ることにした。だいちょまんは生徒会に属していて、なんちゃって副会長をやっていた。一番隅にある生徒会室は自分にとって秘密基地のような場所で、窓から見える海の眺めが大好きだった。図書館のある階は生徒会室と視聴覚室とトイレしかなく、こじんまりとしているのも好きな理由だった。しかし、その生徒会室は既になく、隣の視聴覚室に机や棚など諸々が移動されていた。代わりに生徒会室があった教室はすっかりと変わっていた。中を覗こうとすると、そこに灰色のスーツ姿のおじさんがやってきた。おじさんの正体は先生のようだ

おじさん『…君はいったい誰だい?』

だいちょ「あ。初めまして、だいちょまんと申します。ここのOBでかつて生徒会だったものですから、懐かしくて寄ってみたのですが…様子が違ってるみたいで」

おじさん『それはそうだよ。なんていったって、この教室は英会話のための教室だからね。僕は英語の教諭をやっているんだけど、この教室のために上にかけあって今年やっと完成したんだ。丁度いい。案内してあげるよ。誇りに思いたまえ、君が一番目の訪問者だ 笑』



靴を脱いで中に入ると、英会話専用というその教室は、パソコン室によくあるブラインドに覆われ、モスグリーンのカーペットが敷かれ、最新式だというAV機器、アメリカにありそうな白い机とイスが綺麗に並べられていた



おじさん『なんといってもこだわりは、後ろ一面の鏡張り。これで全体を見ることができるんだ。内職をするような生徒は一瞬で分かっちゃうし便利だよ 笑』




だいちょまんは息苦しさを感じていた。
このおじさん先生の高圧的な話し方もそうなんだけど、あの頃の秘密基地がもう存在しないという現実を受け止められず、少し頭がくらっとした

だいちょまんはこころのなかではケッと思いながらも、おじさん先生の自慢をスゴイデスネーと誉めつつ素直に聞いた。ひととおり話して満足されたおじさん先生は最後にだいちょまんと握手して下の階へと消えていった


5年も経てば、当然変わるものがでてくる。この先も知らないところでずっとずっと変わっていくんだろう。人もモノも場所もなにもかも。変わってほしくないというのは人間のエゴかもしれない。そんななかで、高校の図書館だけは当時と変わらない時間が流れていた。それを知ることができただけでも僕はもう満足だ。今も図書館はみんなの憩いの場となっている。誰にも邪魔されない自分だけの大切な特等席をつくってほしい。いつまでも残っていてほしいなと願いながら、だいちょまんは校舎を後にした